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KRASの研究と薬剤開発の戦略

KRAS Model
 

By Michelle Tetreault Carlson, Ph.D.

March 8, 2023

はじめに

RASは低分子量GTPaseタンパク質のサブファミリーであり、1982年に初めて発見されました。HRAS、KRAS、NRASを含むRASタンパク質は、それぞれ単一アミノ酸の点変異を含むことがあり、ヒトのがんの20-30%に見出され、がん発生に関与することが分かっています。そのため、変異型RASを標的とした薬剤開発などは、研究者にとって非常に興味深いものとなっています。KRAS、HRAS、NRASの3つの主要なアイソフォーム全てががんに関与していることが分かっています。

これら3つのアイソフォームには、全てがん化を促進する変異があることが分かっていますが、がんのタイプによって出現率が異なります。NRAS変異は23%のメラノーマ(悪性黒色腫)を促進し、一方でHRAS変異は5%の膀胱がんや甲状腺がんで発見されています。3つのRASアイソフォームの中でも、KRASは最も高頻度に変異し、このがん遺伝子が、RASによって促進されるがんの約80%を占めています。KRAS変異は、特に致命的ながんに多く、膵臓がんの77%、大腸がんの43%、非小細胞性肺がんの27%に存在しています。これらのがんは、末期に発見されることが多く、早期に発見された場合でも治療が難しいことがあります。KRAS変異を持つがんを効果的に抑制することができる治療法は、多くの人の命を救える可能性があるため極めて重要です。そのため、現在は主にKRAS変異が原因となるがんについて研究開発が進められています。

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KRAS変異体と発がん性

RASタンパク質は、不活性型のGDP結合状態と、活性型のGTP結合状態との間を切り替える分子スイッチとして機能しています。RASタンパク質は細胞膜の細胞質側に位置し、活性化されるとRafタンパク質と結合して活性化します。これにより、細胞分裂、増殖、生存に関わる多くの他の下流タンパク質や転写因子が活性化されます。GDPからGTPへの変換は、Son of Sevenless (SOS) などのグアニンヌクレオチド交換因子 (GEF) によって加速されます。逆に、GTPをGDPに加水分解するGTPase活性化タンパク質 (GAP) によって、GDPへの切り替えが加速されます。

がんを引き起こすKRASの変異は、このバランスの取れたシステムを狂わせます。KRASの最も一般的ながん促進型の変異は、RASタンパク質のPループ領域にある12番目のグリシン (G12) で発生します。Pループは、KRASとGTPおよびGDPのリン酸基の間の重要な相互作用に関与しています。G12のがん遺伝子型ミスセンス変異によって、GTP結合が増え、KRASが活性化し、下流シグナル伝達が活性化されます。その結果、腫瘍細胞はより簡単に増殖して転移できるようになります。

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不安定なKRASを標的にする

KRAS活性を抑制する治療法は、理論的には腫瘍細胞の悪影響を減らすはずです。ただし、KRASの活性制御は正常な生理過程にも必要なため、活性の高いKRASを単純にブロックする治療法は、がん細胞だけでなく健康な細胞の正常な経路に影響を与える可能性があります。そのため、ほとんどの製薬会社は、副作用を避けるためにKRAS変異体を選択的にターゲットとする薬剤を探しています。

変異型KRASだけをターゲットにした薬剤開発は、異なるKRAS変異体が広く分布しているため複雑なものになっています。G12残基で少なくとも9つの異なる変異があることが分かっており、組織タイプによって変異の傾向が異なります。例えば、膵臓がんではG12D、G12V、G12R変異が多いことが知られています。非小細胞性肺がんはG12C変異を最も多く含みますが、G12VおよびG12Dを含むこともあります。大腸がんでは、G12DおよびG12Vが最も多く、G12Sが含まれることもあります。

この種の薬剤を開発する上でのもう一つの障壁は、KRAS自体の形状で、比較的滑らかで球のような形状をしてることです。実際、これまでRASはドラッグターゲットにならないと考えられていました。これは、薬剤相互作用のための構造的ポケットの欠如と、GTP/GDPへのpMオーダーの高い親和性によるものです。2013年、Kevan Shokat氏が率いるカリフォルニア大学サンフランシスコ校のチームは、KRAS G12Cに不可逆的に結合してSOSによる活性化を阻害し、RAFとの結合を妨げる化合物の開発に成功しました (Ostrem et al., Nature. 2013)。これらの化合物は、変異の起こったシステイン (G12C) に依存して結合するため、野生型タンパク質には影響を与えません。さらに、結晶構造解析により、以前の構造では見られなかった結合ポケットの形成が明らかになりました。阻害剤がKRAS G12Cへ結合すると結合ポケットが崩壊し、KRASの親和性がGTPよりもGDPを好むように変化しました。これらの発見は、変異型KRASをターゲットにした新たな薬剤探索の道を開拓しました。

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使用承認されたKRAS阻害剤

Amgen社は、新しいKRAS阻害剤開発の中でも最初に成功を収め、2021年5月にKRAS G12C阻害剤Lumakras (sotorasib: AMG510) が、KRAS G12C変異を発現する転移性非小細胞性肺がん (NSCLC: Non-Small Cell Lung Cancer) の既治療患者用の薬として承認されました。2022年4月の報告では、Lumakrasを投与された患者は、2年間の全生存率が32.5%と以前の治療法に比べて改善が見られました。Lumakrasの長期投与は、軽度かつ管理可能な毒性で、良好な忍容性(副作用の程度)を示しました。ただ残念ながら、多くの患者は薬剤に対する内在性または獲得性の耐性のために反応しませんでした。

また、Mirati社が開発した別のKRAS G12C阻害剤であるAdagrasib: MRTX849は、まもなく患者に利用可能になる可能性があります。この阻害剤はAMG510から化学的に派生しており、構造も類似しています。Adagrasibは、2022年2月に米国FDAによって前治療歴のあるKRAS G12C NSCLC患者の治療薬として承認されました。しかし、患者における薬剤耐性は依然として課題となっています。現在は、効果を高めるために他の化合物とKRAS G12C阻害剤を併用するなど、新しい治療戦略が試験されています。その他、Johnson&Johnson社、LOXO Oncology社、Boehringer Ingelheim社、Revolution Medicines社、Sanofi社などの企業によって、多数のKRAS G12C阻害剤が開発されています。

前述の通り、KRAS G12C変異は非小細胞性肺がんで一般的ですが、膵臓がんや大腸がんではKRAS G12DおよびG12V変異がはるかに一般的です (Parikh et al., J Hematol Oncol. 2022)。これらの変異に対しては、システインよりもアスパラギン酸とバリンの反応性が低く、異なる戦略が必要です。また、KRAS G12Cとは異なり、これらの変異体は、KRAS G12C阻害剤が働く(SOSによる活性化をブロックする)GDP状態(不活性型)にある時間が短いという異なる特性を持ちます。これらの違いにもかかわらず、最近、KRAS G12Dなどの他のKRAS変異タンパク質も、阻害剤によって標的にされることが示される論文がいくつか報告されています。湖北大学と清華大学の研究により、KRASの12番目のアスパラギン酸残基と結合し、GDPおよびGTPに結合したKRAS G12Dの両方に同等に結合する一連の有力なKRAS G12D阻害剤が設計されました。またMirati社は、KRAS G12Dの非共有結合性で強力な選択的阻害剤MRTX1133の発見を公表しています (Wang et al., J Med Chem. 2022)。さらに、MRTX1133は、がん移植モデルのマウス膵臓腫瘍において、活性化されたKRAS G12Dの活性を低下させることを報告しています。2022年末、Kevan Shokatの研究室は、MRTX1133などの阻害剤がKRASを非共有結合的に阻害する方法、および阻害がKRASのGDP状態に必ずしも依存しない方法について、メカニズムを詳細に解析しています (Vasta et al., Nat Chem Biol. 2022)。これらの新しい発見は、他のKRAS変異によって誘導されるがんの新しい治療方法を示唆しています。

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他の戦略 -ワクチン

変異型KRASを標的とする手法として、選択的阻害剤に加え、他の戦略も研究されています。Moderna社が開発したmRNAワクチン、mRNA-5671はすでに臨床試験が行われているものの一つです。脂質ナノ粒子に包まれたmRNAは、最も一般的なKRAS変異を含むペプチドカクテルをコードし、免疫系がそれらの変異タンパク質に対する抗体を生成することを促すことを目的としています。同じように、Targovax社は、変異型KRASペプチドを含む2つの抗がんワクチンTG01とTG02を作成しました。これらは、免疫反応を促進する化合物QS-21と共にKRASが原因のがんを持つ患者に投与することで、体が変異タンパク質を破壊するようになるよう開発されています。

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他の戦略 -PROTACS

PROteolysis TArgeting Chimeras (PROTACs) は20年近く開発されてきた方法で、ターゲットとなるタンパク質を体の中で選択的に破壊できる可能性がある方法です。PROTACsは、2つの活性領域とリンカーから構成される小分子で、細胞のユビキチン・プロテアソームシステムを利用して、ターゲットタンパク質とユビキチンリガーゼを結合させ、タンパク質を分解するように設計されています。KRASの最初のPROTACであるLC-2は、Yale大学のCrews研究室 によって設計され(Bond et al., ACS Cent Sci. 2020) 、KRAS G12Cに特異的であることが示されました。

がんを抑制する優れた方法として、健康な細胞の損傷を避けるため変異型KRASのみを直接的に標的とすることが望ましいとされています。しかし、間接的な方法も探求されています。KRASのGTPase活性は、KRASの機能に極めて重要です。GDP-GTP交換反応を阻害することもKRAS活性を阻害することになるため、SOS1 (Son of Sevenless 1) の阻害剤も検討されています。SOS1は、KRASの主要なグアニンヌクレオチド交換因子 (GEF) であり、GDPからGTPへのヌクレオチド交換速度を上げます。したがって、SOS1の阻害は腫瘍細胞内の活性KRASを抑制することになります。SOS1のいくつかの小分子阻害剤が開発され、KRAS活性を減少させる有効性が示されています。これらの中で最もよく知られたものには、BAY-293とBI-1701963があります。これらのタイプの薬剤は、他の薬剤と組み合わせて使用すると効果的な場合があります。例えば、BAY-293を単独で使用した場合、KRAS変異タンパク質に対して弱い生理学的効果しか示さなかったものの、選択的なKRAS変異型抑制剤との併用により、腫瘍細胞に対して協調的な増殖抑制効果を示したという報告があります (Plangger et al., Discov Oncol. 2022)。また、BI-1701963は、固形腫瘍や変異を持つ患者に対する単独使用と、他の薬剤と組み合わせた使用の両方で試験されています。Revolution Medicines社とSanofi社は、KRAS GDP-GTP交換に関与する異なるタンパク質SHP2(ホスファターゼ)の強力で選択的な阻害剤を共同開発しています。SHP2は、SOS阻害剤と同じく、RASのヌクレオチド交換反応を阻害することができます。この化合物は、キナーゼ阻害剤cobimetinibとの単剤療法と併用して、マルチコホート第1/2相臨床試験プログラムの一部となっています。

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まとめ

RASは、ヒトのがんの20〜30%に関わる最も一般的ながん遺伝子の一つです。RASが誘導するがんの中でも、KRASがこれらのほとんどを引き起こし、腫瘍形成の80%に関与しています。これには、CRC(大腸がん)、NSCLCC(非小細胞性肺がん)、PDAC(浸潤性膵管がん)など、致命的ながんも含まれます。そのため、現在の薬剤開発は、主に変異型KRASを標的としています。約10年前までは、変異型KRASを直接阻害することはほとんどできませんでした。これは、認識可能な薬物ポケットの欠如や、GTP/GDPがKRASに非常に強く結合するため、小分子が競合することの困難さによるものでした。しかし、KRAS活性化メカニズムの新しい理解により、多くの薬剤の開発が可能になりました。これにより、これらの致命的ながんの治療方法が変わる可能性があります。今後、新しく開発された薬や治療法が、がんに苦しむ多くの人々の人生を変える可能性は非常に大きいと思います。

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About the author

Michelle Tetreault Carlson

Michelle Tetreault Carlson, Ph.D.

ミシェルの科学に対する興味は、ニューヨーク州北部の田舎で見ることができる星空に触発され、物理学の学士号を追求することにつながりました。カリフォルニア大学サンディエゴ校に入学した当初、彼女は天体物理学に興味を持っていましたが、後に光合成タンパク質を研究するバイオ物理学のより実践的な追求に転向し、博士号を取得しました。その後、レチナールイオンチャネルのポストドクトラル研究に取り組み、さらに生物学への関心を深め、最終的にバイオテクノロジー産業でのキャリアを歩むことになりました。彼女は、アクティブ・モティフのDNAメチル化製品の技術サポートおよびプロダクトマネージャーとして、科学者と交流しています。

ミシェルは4人の子供と2匹の猫の母親であり、趣味はパズル(忍耐力と論理的思考の表れ)、料理、そして人間の状態を考えることです。

Contact Michelle with any questions at [email protected]


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